今回の事例研究は「Marks & Web(マークス・アンド・ウェブ)」です。
あなたは、この会社(ブランド)、ご存知ですか。僕は友達にプレゼントしてもらって10年ほど前に初めて出会いました。今回、Marks & Webから、「ブランド作り」と「会社の成長哲学」について学びたいと思います。
 
まず、Marks & Webの成り立ちなど、事業の説明をします。
Marks & Web は、1908年創業の石鹸メーカー「松山油脂」の子会社として、2000年に設立されました。バブル崩壊のあおりを受けて、法人取引が減ってしまった松山油脂。このまま営業を続けても上手くいかないだろうと、会社を畳もうと思ったところに、息子さん(現在のMarks & Webの社長さん)が帰ってきました。「最後は自分が会社をたたむから」と、松山油脂を引き継ぐところから、スタートします。
松山油脂は法人ビジネスを中心としていたようですが、時代はバブルが崩壊したところです。法人営業に可能性を感じることはできません。そこで個人向けのビジネスを開始しようと考えました。そうして生まれたのが「Marks & Web」。
ゼロからというよりも、ある意味「ちょっとマイナス」のところからスタートしたというのが経緯です。
 
それが今どれくらいの業績を上げているのでしょうか。
これはちょっとまえの数字ですが、売り上げは39億。全国81店舗を構えています。社長の松山さんは、Marks & Webの事業は、だいたい60億くらいが天井だろうと考えているようです。それにしてもゼロから操業して全国ブランドを育てたのは素晴らしいことだと思いませんか。一体何をやってここまで伸びてきたのか。

マークスアンドウェブ店舗 (出展:街の情報サイト https://www.marunouchi.com/tenants/1086/)

ブランド作り、最初の一手は?

 
Marks & Webは、フェイスケア、ヘアケア、ボディケアアイテムの企画販売を手がける会社です。石鹸やバスソルトなどを販売しています。競合はフランスのロクシタンやイギリスのニールズヤード。ただ、石鹸などなどの商品は、ある意味「コモディティ」です。この分野でMarks & Webは、ブランドを作り上げていきました。
ここではブランドを、「あたえる価値を高め、一人一人のお客さんに好かれること」「その数を積み上げていくための活動」と定義しておきたいと思います。
 
まずは「商品の差別化」。
松山油脂は、「無添加石鹸」で有名でした。でもその状況に社長の松山さんは、違和感を感じていたようです。
商品からいろいろな成分を「引き算」して成功したわけですが、その成功体験のせいで「もっとこういう成分を入れたらいいものになる」というようなアイデアが、社会から出てこなくなってしまった。
 
それで「足し算の商品開発」へと方向転換をしました。
 
自然由来のものに限定して、体にいいものならば商品の中にどんどん取り入れる方針へと映ったのです。こうすることで「あれを入れたらいいんじゃないか」「これを入れたらいいんじゃないか」と新たな商品開発のアイデアを社内から引き出すことができる。
自然由来で、美容や健康にいい商品作りを進めていったのです。

ブランドのための打ち手、その2

 
それから、デザインも特徴的です。少し普通とは違う見方かもしれませんが、僕は、デザインも「価値」だと感じています。化粧品が二つあるとします。中身は同じで、1つは可愛いデザイン。もう一つは、ワードで「化粧品」と書いて印刷した紙が貼ってある。どちらを手に取るかというと、きっと可愛いデザインのものです。どうしてでしょう?それは、かわいいものを手にしたほうが、うれしいからです。たのしい、うれしい、しあわせ、、、そういった気持ちを感じさせてくれるものだからこそ、僕はデザインを価値そのものだと考えます。
Marks & Webのデザインはどうでしょうか。
シンプルですが、信頼性を感じる素晴らしいデザインだと思いませんか。一つ一つの商品デザインも優れているのですが、Marks & Webのデザインは、数を集めて束で見たときに本領を発揮します。百貨店で什器に並べられた商品群を見ると、本当に可愛い。実は、Marks & Webは、デザインを「点ではなくて、面で捉え」ているのです。
1つ1つの商品のデザインではなくて、複数の商品が集まったときに、全体としてインパクトを持つようにしている。
 
デザインをはじめとする表現は、「主張する/押し出す」よりも「ささやく/ひきつける」ほうが、信頼性を持たれることが多いですね。主張するというよりも、人を惹きけられる。Marks & Webのデザインは「ひきつける」ことに成功した、素晴らしい成功事例です。
 
こういう「面のデザイン」をすることは、一見当たり前にあることのようですが、日本ではあまり見ない手法ですね。
日本のメーカーは、規模に関わらず、化粧品メーカーであれ、家電メーカーであれ、自動車メーカーであれ、「商品ごとに、一つ一つデザインを考える」方が大勢だと思います。(コンセプト設計が苦手だと言われてしまうのは、こういうところもあるのだと思います)
そして、この「面」のデザインも、当たりました。
 
機能プラス全体デザインで、お客さんが「いいな、ほしいな」と思える価値を生み出しました。さらに、価格的にも優位性があります。
前述した競合であるニールズヤードやロクシタンが、客単価4000円を超えるのですが、Marks & Webは、2100円ほど。
つまり、価値の高い、いい商品を安く手に入れることができるんです。
店頭で惹きつけられて「かわいいな」と癒され、手に取ると買いやすい価格。調べると「自然由来の成分だけで作られている」ことがわかります。使って満足すれば「買い続ける」ことになるのもイメージできますよね。

着実でスゴい、出店戦略。
発見と展開

 
さて、「足し算の商品作り」と「面で考えるブランディング」で魅力を携えたMarks & Webは、出店当初は赤字を松山油脂が補填してた時期もありましたが、ほどなく黒字化し、快進撃が始まります。
実は、Marks & Webは、出店計画も特殊なので、その点もお話ししておきます。
 
Marks & Webはデパートに出店していくのですが、「デッドスペースを使う」戦略を立てます。どのデパートにも、3坪ほどのデッドスペースがあるのだそうです(Marks & Webが展開するまで意識したことはありませんでしたが、確かに各階にちょっとしたデッドスペースがあります)。このデッドスペースは、デパートにとっては、ありがたいものではありません。できればデッドスペースはない方がいい。
 
Marks & Webは、3坪以下のデッドスペースに出店し、収益を上げる道を考えたのです。
これ、百貨店にとっても無駄を排することができるのでありがたい提案ですし、Marks & Webにとっても、広い床面積の店舗では、出店に費用がかかりますが、狭ければ初期費用を抑えることができるメリットがあります。まさにウィン・ウィンのアイデアです。
また、狭いからこそ、商品を所狭しと、くっつけて並べる必然性があり、「塊として見せるデザイン」の本領を発揮することができるとも思う。
 
こうして、理にかなったすばらしい「出店場所」も発見し、Marks & Webは、成長していくのです。

成長のために、経営者は哲学をもとう。

 
Marks & Webのもう一つ特徴にうつりましょう。
それは「会社の成長」や「人材育成」についての考え方です。
 
Marks & Webは、「社員の成長が、会社の成長」ということを、言葉だけでなく大切にしています。「会社が目標を達成するために、どうすれば最短で到達できるか」という考え方をしないと公言しているんです。
なので例えば、デザインも社内のデザイナーだけで内製していますし、社長自らがアートディレクションもしています。百貨店に商品を並べるための棚(什器)の開発すら、創業当初から自分達で行ってきたそうです。そうやって社内で仕事を積み重ね、社内の人材の力を高めながら、その歩みに合わせて会社の業績面を成長させています。
 
ヒューレット・パッカードという会社があります。パソコンのブランドです。
その創業者のパッカードさんが考えた、「パッカードの法則」という法則があります。
「業績の成長が、人材の成長を上回る時、その成長はとまる」というものです。
 
事業をしていると人材の成長を無視して、なんとか最短距離で目標を達成したくなるものです。力わざで、なんとか業績を成長させていくこともできるでしょう。ときに追い風が吹いて、思った以上に業績が高まることもあります。
けれど、人材の成長が、会社規模の広がりに追いつかなければ、いつかその成長は止まります。
 
こういうことは冷静に考えれば理解できることですし、「組織は人なり」という言葉を語る経営者は少なくありません。けれど同時に、頭で思い描く「最短距離」に、現実を合わせようと躍起になってしまう経営者も、多い。
Marks & Webは、本当に「ご縁があって一緒に働くようになった社員の成長を大切にしながら、経営をしていく」ことを、経営の哲学にしているのだと思います。
 
機能やデザインを含めた商品設計。什器も含めた「面でのブランディング」。「3坪のデッドスペースの活用」。そして、「人の成長を大切にして、それに合わせて会社の成長を考えること」。これらを大切にした結果、安定的に成長し全国展開を果たします。
こんな話を聞いて、あなたはどんな風に「自分の仕事を作りたい」と思いますか。あなたはどんな哲学を持って、ビジネスをしていくでしょうか。とても示唆に富んだ会社だと思います。
 

文章:吉井りょうすけ

参考資料:

・「ブランドのそだてかた」(中川淳、西澤明洋著)
・「コアなファンをつくる、マークスアンドウェブのブランド戦略」(2018年8月号広報会議)
・「100年続く老舗メーカーを廃業の危機から回復させたスゴい人!」(日刊スゴい人 Web記事)
 
 

<事例研究について>

事例研究にとりあげるビジネスは、いまの時点で、僕にとって魅力的に見える会社や個人です。ただ、事例になっているからといって、このビジネスが「ずっと永続的な成功が約束されている」わけではありません。経営は、どこかに「成功」というゴールがあるわけではなく、ただただずっとつづくプロセス。いろいろなことがあります。だから、業績が(良くも悪くも)変化することはあるでしょう。けれど、それでも僕は、これらのビジネスから学べることがとても多くあると思い、この文章をここに掲載しています。あなたも、この文章から何かを感じたら、その自分が感じた何かを大切にしていただけたらと思います。その感覚は、本物だからです。