今回の事例研究は「パタゴニア」。
ご存知の方も多い会社だと思いますが、アウトドア用品を扱う、グローバル企業です。ブランド力があり、たくさんのファンがいる。ここ数年で、収益が数倍になったという話もあります。「世界で最も敬意を払われている会社の一つ」といっていいでしょう。人を惹きつける、その秘密は何なのでしょう。僕たちはこの企業から、未来を創り上げる一員として、たくさんのことが学べると思いました。
 
 
パタゴニアの創業者は、イヴォン・シュイナードさん(読みやすくするため、このあと敬称を略します)。パタゴニアは、1957年、彼が独学で鍛治を学んで、「ピトン」という器具を作り始めたときから、スタートしました。「ピトン」は岩山を登るため、岩肌に打ち付ける道具です。
 
当時ピトンは「軟鉄」でできていました。
軟鉄は、言葉通り、やわらかい鉄です。1回きりしか使えません。なので使用後に、岩山に打ちつけられたままになる。経済的にも非効率です。そこでイヴォン・シュイナードは「ならば、もっと良い製品をつくろう」と、考えます。「何度も繰り返し使えるピトン」を作り上げ、「ロスト・アロー」と名付けました。当時一般のピトンが1本「20セント」。それに対して「ロスト・アロー」は、1本「1ドル50セント」。安くはありません。最初は自分と、自分の友人のためにつくったはずなのに、すぐに評判が立ち、「友人の友人」へと広がる。注文が殺到し、商品は、はじめから広げることなく、広がっていったのです。飛ぶように売れました。
 
この「品質の良い製品」をつくることは、その後のパタゴニアの価値観になっていきます。品質を高めることで、お客さんに選ばれる。付加価値の分、価格をあげることができるので、利益を担保できる。その利益は、新商品を作ったり、社員の働きやすい環境を整えたり、自然を守ったりする、次の打ち手を打つ土台になります。
そうやって事業を拡大する結果1970年頃には、クライミング・ギアの分野ではアメリカ一番の企業になっていました。

ディズニーランドは大きく成功したテーマパークだけれど、「セールスの上手な会社だ」というひとはいません。
ディズニーランドだけでなく、僕たちは、多くの人を惹きつけ成功している会社が「お客さんに、価値を提供する」ことでうまくいっていることを、よく考えなければいけないと思います。
パタゴニアも、同じです。
あたえる価値が高くて、人を惹きつける。それが戦略の土台になっていて好循環が生まれている。
もちろん、伝える力は強くて、上手です。彼らが伝えるのは、商品にまつわる話と、企業哲学を伝える話。これらをていねいにしっかり語っているからこそ、僕が、パタゴニアが優れた会社だと知っています。ただ、パタゴニアのメッセージを見てみると、パタゴニアの発する言葉はいつでもシンプルだと気づきます。商品情報は事実を伝えることが中心。レトリックを駆使するようなところは、ありません。それが可能なのは、そもそも商品が優れているからです。優れているから、優れている部分、事実をつたえることが、一番強いメッセージになるのです。そして、(ここが大切なのだけれど)事実情報を伝える時、メッセージはとても強くなる。
 
「あたえる価値を高める」
戦略とは、有機的に繋がった一つのかたまりです。けれど「世界の良い会社」を見ていた時に共通したのが「あたえる価値」を主軸に経営をしていること。
あなたも一度自分が何をこの世界に提供するのかを考えてみてはどうだろうか。

世界から敬意を向けられる会社の、
最初のアイデア

 
あたえる価値を高める話をすると、次に問題になるのは、どうしたら人を惹きつける商品の「アイデア」を手に入れることができるのか、ということでしょう。
どう考えたら良いでしょうか。
たとえばひとつの例だけれど、目の前の商品の問題を解決するのはどうだろう。
「こんな商品を作ったら面白い」というアイデアを探すとき、一番怖いのは、「お客さんにとっては全く魅力的には見えないアイデア」を出してしまうことでしょう。人は自分が出したアイデアをすごいものだと感じやすいので、ずれたアイデアでも「これはすごい」と信じてしまいがちです。
そうならないための、鍵の一つが「問題を解決すること」「誰かが思い悩むことを、解決すること」です。
 
パタゴニアの創業者イヴォン・シュイナードの場合、目の前に軟鉄でできたピトンがありました。一度しか使えず、非経済的。使ったそばから壊れていくピトンを見て、問題意識を抱えます。
今回の「ピトン」の場合は「自分が、嫌だと思った」ことを改善したのだと思います。それが自分であっても、「誰か悩んでいる問題を解決」すれば、少なくともその誰かは「助かった」といってくれます。その「助かった」という気持ちが価値があることを示します。意味のある改善点を見つける視点が「誰かの抱える問題」なのです。
 
ただ、話は簡単ではありません。
「ピトンがすぐ壊れる」問題は、当時岩肌を登るすべてのロッククライマーの目の前にあったはずです。ピトン製造メーカーの目の前にも、ありました。
けれど、その問題が、解決すべき問題だと見えた人は多くはなかった(イヴォンさんが「ロスト・アロー」を作る前に、スイス人の鍛冶屋さんが頑丈なピトンを作ったことがあったようです)。
そこで、もうひとつ「高解像度の目で見る」ことが必要になるのがわかります。問題を発見するために、つぶさに現実を観察する目です。そしてその目を養うためには・・・と長くなるので、この話はここまでにしましょう。僕はコンサルタントなので、どうしても「方法」を話したくなってしまいます。
 
イヴォン・シュイナードさんには、こんな逸話があります。
彼は息子さんが就職する時に、「ものづくりをする仕事」を勧めたそうです。そうして息子さんがサーフボードを作りはじめると「最高のサーフボードを作れ」と、アドバイスをします。
そのときすでに世の中には、サーフボードメーカーはありました。ブランドを確立しているメーカーもありました。息子さんは「アルメリックやラスティより、良いボードなんて作れない。あれが最高だ」と答えます。それに対してイヴォンさんは、こう返しました。「プロのサーファーが海外に行く時、サーフボードを5本〜10本も持っていくのはどうしてだ。それはサーフボードの半分が折れてしまうことを知っているからだ。そんなにすぐに折れるサーフボードは最高ではない、云々」。
あるいは、こんな話もあります。
パタゴニアの服飾デザインの責任者と「世界最高のシャツは何か」と話をした時、デザイン責任者さんは「イタリア製のシャツだ。そんなの誰でも知っている」と考えたのに対して、イヴォンさんは、「洗濯する時に細心の注意を払わなければいけないシャツの、どこが最高なのか」と返しています。
問題解決の目が、価値を生む面白い逸話です。
 
きっと僕らの目の前には、目の前にあるはずなのになぜか見えない「あたらしい価値の可能性」が横たわっている。
それに気付き、改善し新しい商品の形にするのはだれでしょう。
それをした時、業界の構図が変わるような変化が生まれたり、小さくても魅力的な仕事が生まれるのだと思います。

パタゴニアが形にした価値観
「自然、ひと」。

 
パタゴニアが尊敬されるのは、良い商品を提供しているからだけではありません。
「自然」と「ひと」を大切にしている企業だという特徴があります。
 
たとえば、先ほど話した「ピトン」。主力商品でしたが、販売停止しました。それは、ピトンを打ち付けることで、岩が削られてしまうからです。環境破壊につながる道具は売るべきではないと、より環境負荷が低い道具の販売に舵を切りました。そのときパンフレットに掲載した「クリーン・クライミング」の記事は、多くの人から賞賛され、一夜にして、新しいクライミング・スタイルが生まれたとも言われています。
また、衣料品を作る過程で洗剤を使いますが、その洗剤が環境に悪いとわかると、躊躇なく、別の洗剤に変えました。
売上の1パーセントか、税引き前利益10パーセントのうち、大きい方を自然保護団体に寄付もしています。僕たちは、心のどこかで「自然と触れたい」「自然を大切にしたい」という気持ちを持っているものだと思います。けれど同時に、「企業経営をしていく上では、ある程度、環境を破壊することは致し方ない」と諦めている部分がある。言葉は、企業の経営者には届かない、と。だからこそ、「自分たちは自然を守るために存在する」と高らかに謳うパタゴニアは、尊敬を集めるのだろうと思います。扱っている商品と、接するお客さんと、自然を大切にするスタンスはぴったりマッチしているので、とても強いメッセージとなるのも特筆すべきところでしょう。
 
それから、「ひと」も大切にします。
「社員をサーフィンに行かせよう」という言葉は、イヴォンさんの本のタイトルとして有名です。どうして社員をサーフィンに行かせなきゃならないのか。給与を払っているのだから、給与以上に働いてほしいと思う経営者は多いはず。けれど、「好きなことに打ち込む時間」「自然と接する時間」は、人間にとって大切な時間です。一見非合理に見えることでも、仕事への責任感と段取りをする力や、仕事場のチームワクーがなければ、「仕事中にサーフィンに行くことはできない」と考えれば、社員に高い能力を求めているともいえます。
他にも、いち早く託児所を作って、産後の女性も男性も働きやすい環境を整えましたし、希望して異動先のマネージャーがOKすれば、自分の好きな部署で働けます。会社全体、ヒエラルキーよりもフラットさを大切にもしています。
人を大切にする姿勢は、多くの人の共感を得て、ブランドづくりに良い影響があるでしょう。
 
アメリカの哲学者ケン・ウィルバーは、「すべての成長は、ふくんで超えるものだ」と言います。僕はこのコンセプトが大好きです。
たとえば、大人は子供でなくなってしまうのではなくて、子供の心ももちながら、同時に大人だということです。成長する時に「過去を否定し、ないものとする」のではなくて、「過去を含んで、さらにあたらしい何かを獲得する」のが成長なのです。
 
そう考えると、これまでビジネスは「自然」や「人が人間らしくあること」を否定することで伸びてきた側面があると感じます。これから僕達が本当に新しい時代、あたらしい成長を遂げる時には「自然か、経済か」「人間的でいるか、効率やスペックだけを重視して人をもののように捉えるか」ではなくて、「自然と経済、人をみんな大切にした事業を作り上げる」ことになるでしょう。
パタゴニアは、その「本当に成長した姿」を、今の時代に見せ続け、しかも「それでも成長することができる。あなたの会社より」と示してくれているのだと感じます。

「誰かを変える」、より、自分が「なる」。

 
もっと儲かりたいと考える時、僕らは「お客さんが買うように」と意識を向けがちかもしれません。人を変えることに、躍起になるような。けれど、パタゴニアのさまざまな物語に触れるたびに思うのは、「人を変えるより、人がよろこぶ自分に『なる』」ことが大切だということです。思う通りの結果が出ない時に、自分の未熟さから目を背けるように「人を変えよう」としても、思うようにはいきません。誰かを変えるアプローチは、いつでも限定的なのです。
 
僕達は「ひとに価値をあたえ、喜ばせる存在になる」ことができるだろうか。
パタゴニアは、良い商品を作って好循環を生み出しました。言葉で言えば簡単だけれど、その仕事は途方もありません。
現状の製品の問題に気づく感性が必要です。
問題を解決するアイデアを出します。
アイデアを形にするために、世界中から素材を見つけます。
そして、自分たちが思い描く製品を作るために、テストを繰り返す。
過酷な状況でも耐えられる製品を作るには、「テスト」はとても重要ですよね。
テストは実験室の外でも行われていて、パタゴニアのスタッフさんたちが、実際にフィールドでテストするし、世界中のアウトドアスポーツのプロたち1万人が製品の良し悪しをフィードバックしてくれる仕組みも構築していいます。
ちなみにそのプロたちは、割引はあるけれど、ちゃんと製品を買ってもらって、フィードバックをします。誠実なフィードバックをもらうために。そして、プロフェッショナルにセールスをする担当者は、世界中の秘境で活躍するプロフェッショナルに営業するため、自身も世界の奥地へと足を運びます。
 
人によろこんでもらえるビジネスを作るには、「こうなりたい」というアイデアと、それをやりきる、形にする力が必要です。1つ1つのアイデアを形にしていくことで — それは一筋縄ではいかないけれど — 大きな成果と充実感を得ることができると、パタゴニアは教えてくれているような気がします。

文章:吉井りょうすけ

参考資料:

・「社員をサーフィンに行かせよう」(イヴォン・シュイナード著)
・TARZAN特別号「パタゴニアが教えてくれること」
・Harvard Business Review March 2012 3「チェンジ・ザ・ワールド」
・「自分の仕事を作る」(西村佳哲著)
 
 

<事例研究について>

事例研究にとりあげるビジネスは、いまの時点で、僕にとって魅力的に見える会社や個人です。ただ、事例になっているからといって、このビジネスが「ずっと永続的な成功が約束されている」わけではありません。経営は、どこかに「成功」というゴールがあるわけではなく、ただただずっとつづくプロセス。いろいろなことがあります。だから、業績が(良くも悪くも)変化することはあるでしょう。けれど、それでも僕は、これらのビジネスから学べることがとても多くあると思い、この文章をここに掲載しています。あなたも、この文章から何かを感じたら、その自分が感じた何かを大切にしていただけたらと思います。その感覚は、本物だからです。